先天性難聴児と子育て

先天性難聴児への対応についてはあまり一般的に知られていない。そもそも、先天性難聴児の数が少なく、早期の療育が必要な赤ちゃんは一般的に1000人に1人か2人と言われている。親戚や知り合いにも難聴をかかえた赤ちゃんがいるケースは少なく、どのような状態であり、どのような対応が必要になるのか、全くわからない人が多いと思う。僕もその例外ではなかった。

子育ては大変だ。だれもがそう言うだろう。ただ、言語獲得に関する子供の成長に限定して言えば、特に親が意識的に何かをして成長を促す、ということは通常ないように思う。成長が早い遅いという個人差はあるだろうし、ベビーサインをさせている、英語をさせている、等々はあるだろうが、そういう話ではない。通常、健聴な子供の言語獲得に関して親が努力する必要はそれほどないように思う。子供は、目などを通して見る事物と耳から絶え間なく入ってくる日本語のシャワーを脳内でマッチングさせながら、驚くほどのスピードで言語を覚えていく。健聴者はこのようなメカニズムで自然と言語を覚えていく。

しかし、先天性難聴児は聴力による程度の差はあるが、これが難しい。上述のとおり、言語獲得のメカニズムは目で見る事物と耳から入ってくる日本語を紐づけるところから始まる。特に重い先天性難聴児は目の前にある事物に対応させる日本語が耳から入ってこないので、自然と生活していても脳内でマッチングができない。言語獲得ができなければ、言葉でコミュニケーションをとることもできず、物事を考えることもできない。つまり、重い先天性難聴児は、自然にしていると”聞こえない”だけでなく、”話せない”し”考えられない”。だから、このメカニズムを人為的にサポートしていかなければならない。早期の療育が必須なのである。

では、先天性難聴児の親はどうしたら良いのだろうか?子供の成長は早く、待ってくれない。早く対応しなければならない。誰に相談すればいいのだろうか?医者だろうか、言語聴覚士だろうか、ろう学校の先生だろうか、自治体の人だろうか?答えは、全てYESだが、全ての専門領域をカバーして初めて全体像が見えてくるという意味において、いずれかだけでは不十分だ。

先天性難聴児への対応については、医療、療育、教育、言語、福祉等、様々な専門領域が絡んでくるので、どれか1つの専門情報で足りるはずもなく、全てを網羅的に把握しながら、子供の状態に鑑みて、適切なタイミングで方向性等を決めていかなければならない。

ただでさえ、子育ては大変だ。それに加えて、我が子が先天性難聴であることを宣告されたばかりの親は大きなショックを受けている。それでも、立ち止まっている時間はなく、子供のために、できるだけたくさん正しい情報を集めて、適切に動かなくてはならない。それなのに、どこに聞いても断片的な情報しか得られない(多くはないと思うが、様々な専門領域を幅広く把握しており、網羅的な情報提供をしてくれる専門家の方々もいる…体験上)。

僕が住む東京都は10年以上前に先天性難聴児の早期発見のためのモデル事業を一部の自治体を対象に実施、モニタリングしている。その結果を評価、検証した専門家による検討会が2006年3月に「東京都新生児等聴覚検査モデル事業最終報告」という報告書を作成、公表している。そこでは、先天性難聴児を早期に発見するための施策(新生児聴覚スクリーニングを行うことで早期に難聴の可能性がある赤ちゃんをその後の詳細な検査等に誘導する仕組み)に一定の効果はあるものの、今後の課題として、新生児の耳のきこえや聴覚検査に対する保護者への啓蒙や、要精密検査となった出産直後の保護者の心理の動きに即した十分なフォロー等が必要である旨提言されていた。

非常に的を得た提言だったのだと思う。なぜなら、10年後、僕自身が実際に体験して、同じ観点について不満を感じたからだ。まだまだ改善の余地はあるはずだ。