人工内耳を着けてから半年くらいが経過した頃だろうか、ようやく音が聞こえているんだな、とはっきりわかるようになった。その間、マッピングと呼ばれる音入れのために専門のクリニックに通いながら、少しづつ音に慣れてもらう、というプロセスを繰り返していた。人工内耳を着けたらすぐに聞こえる、という大方が想像するであろう展開とは随分異なる。でも、これが現実だ。焦りは禁物で、ステップバイステップで前に進む必要がある。
この音入れとは何か?
人工内耳は外部の音を電気信号として受信し、それを直接、頭に埋め込んだ人工内耳に伝えるものだ。音の高さごとにどの程度の電気信号を聴神経に伝えるべきか、ということを細かく考えながら調整していく作業が音入れである。電気信号なのでいきなり強い音を伝えようとすると、何らかの電気刺激のようなものがあり、着けたばかりの子供には違和感があるらしい。また、音のほとんどない世界の子どもにいきなり大きい音が伝わると、びっくりして拒絶反応を起こす可能性もある、などなど。少しずつ、人工内耳の音に慣れていく必要があるので、少しずつ音を大きく調整していく。
とはいえ、この細かいプロセスについては、素人にはよくわからない。まさにプロの世界で、子どもの反応を見ながら、細かい調整を加えていく。専門的な領域のようで、言語聴覚士のいる耳鼻科クリニックでも、できるところは限られているようだ。我が家も結構遠くまで通っている。
実際に音入れをしているのは言語聴覚士であるが、何度か人工内耳メーカーの言語聴覚士も来てくれて、一緒に調整をしてくれていた。頼もしい。
音入れであるが、これがうまくいっても、反応が出るまでにはなかなか時間がかかるようだ。なぜなら、音のない世界にいた子供にとって、音が聞こえていても、それを音として認識するまでに時間がかかるから、とのことだ。音が聞こえていても、それを音として認識できない、という状況の存在に新鮮な衝撃を受けたが、確かにそうなのだろう。知らないことばかりだ…
最初のうちは、聞こえているような感じがなく、早めの効果を期待してしまっていた僕にとって多少ショックではあったが、こういうものか、と知るうちにあまり気にならなくなった。定期的にマッピングを行い、音のある世界で過ごしていれば、効果は出るだろう、と焦らずに経過を見守れるようになった。幸い、我が屋は家族全員がうるさく、保育園でも子どもたちの声で溢れているので、音のある世界としては環境が良いはず。
そして、ようやく、手術から半年くらいが経過してくると、音への反応がはっきりと見えるようになってきた。この頃から、自分の子どもに声で呼びかけるようになった。
もちろん話ができるわけではない。でも、声で呼んでこちらに気づいてくれる、という聴の世界では当たり前のようなことが当たり前ではなかった我が家にとって、これだけでしみじみと感動する。
まだまだまだまだ…道のりは長い。頑張らないといけない!