手話通訳について考える

※ 東京在住 DENKAさんより寄稿いただきました。

 先日(11/12)、「イギリスのミュージアムにおける 手話による鑑賞プログラム」をテーマとした講演会に出かけました。手話通訳者が多く、情報保障の先進地とされているイギリスで、長くミュージアムの手話通訳・ガイドを企画・運営している、ジョン・ウィルソン氏の講演でした。

 私は芸術に造詣が深いわけでも、手話通訳士を目指しているわけでもないですが、聴覚障碍者の情報保障について海外の事情を知るめったにない機会だと思い、東京芸大の講義室へ出かけました(大学の授業の一環にもなっていたようです)。

 いろいろ勉強になりました。当日は、ウィルソン氏がイギリス手話で話し、1人目の通訳が日本手話に訳し、それを読み取り通訳が日本語に、さらにそれを文字情報(UDトーク)で映す、という情報保障がありました。通訳の日本手話はとても分かりやすかったのですが、私のレベルでは5割程度しか意味を読み取れません。どうしても読み取り通訳の言葉に頼ってしまうのですが、手話で読み取れた内容と耳から入ってきた内容とが一致せず、混乱することがたびたびでした。語順の違いもあり、目で見る手話と耳から入る言葉のタイムラグがあったのも大きな原因だったと思います。ただ、読み取り通訳の言葉だけ聞いていれば満足できたか、と言えばそうとは言い切れなかった気がします。

 情報保障をテーマとし相当な配慮がなされたイベントでも、通訳を介すると、受け取る側の能力によっても100%満足いくことにはならないのだな、と実感しました。一方で、私の手話読み取り能力がもう少し高く、手話だけ読んでいれば、満足できたかもしれません。たとえ手話の読み取りミスがあったとしても、自分では分からないわけですから・・・。

 難しい話に脱線してしまいました。ウィルソン氏の話の内容を紹介します。

 イギリスでは、就労支援や生活支援など場面に応じた手話通訳のほか、医療や法律など専門分野に特化した手話通訳もいて、その一つに芸術分野専門の手話通訳がいるそうです。といっても、芸術専門で手話通訳が本業として成り立っているのは、企画からコーディネートまでしているウィルソン氏ぐらいだとか。ウィルソン氏は1983年からろう者クラブで活動を始め、ミュージアム系(王宮や城などの史跡ツアーもするそうです)の手話通訳・ガイドのキュレーターとしては約20年間の実績があるそうです。

 情報提供の方法は主に4つ。①ろう者のガイドがイギリス手話で説明する②ろう者のガイドが手話で説明し、加えて読み取り通訳を付けてすべての人が分かるようにする③リップスピーカーを付ける=これは口の形を分かりやすく発音する通訳者で、読唇術ができる難聴者向けだそうです④英語を話すガイドに手話通訳を付ける=今まで一番多かったパターン。最近では、説明を文字化してスクリーン上にパワーポイントで分かりやすく表示する方法も採用しているそうです。

 印象に残ったのは、イギリス手話が分かる人たちだけを考えるのではなく、手話に不慣れな中途失聴者・難聴者にも配慮した多様な手段を用意していることです。手話がネイティブなろう者には①の方法が人気だし、英語が母語の中途失聴者・難聴者には最後の文字情報がとても有益だ、と話していました。

 イギリスでも1990年代くらいまでは、美術館などの手話ガイドは「イギリス語対応手話」だったので、ろう者にはよく分からなかった。だからろう者である自分が、イギリス手話を使ってガイドをしようと思った、とウィルソン氏は言います。

 活動を始めるにあたりまず手をつけたのが、ろう者のミュージアム専門ガイドを育てるプログラムを作ることでした。最初の受講生は10人。まず美術の基礎知識を学びます。最後に絵でも芝居でも博物館でも、受講生がそれぞれ興味ある分野を選び、説明したい内容を自分でリサーチし、それを手話ガイドとして発表し、批評し合うのだそうです。

 なぜろう者のガイドでないとだめなのか。この質問に「ろう者のガイドはろう者の歴史を知っている。聴者のガイドにも、ろう者の歴史を知ってもらう必要がある」とウィルソン氏は答えました。この「歴史」という通訳が正確かどうか、ちょっと疑問です。「歴史を含めたろう者の文化・バックグラウンド」という意味に理解すれば、何となく分かる気がします。

 こんな話もしていました。これまで、ろう者の芸術は排斥されてきた。聴者は見て見ぬふりをしてきた。例えば、ゴヤはろう者だったが、それを知っている聴者は専門家だけだといいます。ウィルソン氏は言いませんでしたが、ゴヤがろう者だったのは、ろう者の世界では常識なのかもしれません。

 聴者とろう者は文化が違うから仕方ない、といった結論にはしたくないですよね。ヒントになりうるウィルソン氏の言葉を最後に紹介します。

 専門分野の通訳には特有の難しさがあります。専門用語をどう手話で表現すればいいか、も大きな問題になります。ウィルソン氏は「知識や歴史を学んで、そのうえで手話を作るのならいいが、聴者が思い付きで手話を作るのは良くない。違和感がある。聴者の通訳士の中にも、新しい概念、専門用語をどう手話で表現すればろう者に伝わりやすいか、たくさんのろう者に積極的に聞いて回る人がいる。そういうことが重要なのではないか」と話しました。

 そういうことが、前回の原稿の最後で触れた「試行錯誤」になるのかもしれませんね。