ラグビーW杯で印象に残った言葉

※ 東京在住 DENKAさんより寄稿いただきました。

「ラグビーは小さいこと。被災地の皆さん、頑張ってくださいよ」

 1013日、ラグビーW杯ベスト8をかけたスコットランドとの激闘を制した試合直後のインタビューで、日本代表FWトンプソンルーク選手が語った言葉に、胸を打たれました。東日本に大きな災禍をもたらした台風19号が列島を襲った直後に行われた試合。開始前には犠牲者を悼む黙とうが捧げられました。

 日本はこの試合に勝って1次リーグ全勝、初のベスト8進出を決めました。試合後、喜びを爆発させつつ、多くの選手が「被災した皆さんの思いも胸にたたかった」と被災者に気を配る言葉を口にしました。でも、トンプソン選手の言葉ほど心に刺さるものはありませんでした。

 トンプソン選手はチーム最年長の38歳。4年前のW杯大会で一度引退を決意しました。しかし「日本代表としてまだラグビーをやりたい」という思いと、実際にまだまだやれるパフォーマンスが評価されて代表に復帰しました、日本が大好きなニュージーランド生まれの日本人(2009年に帰化)です。

 ラグビートップリーグの名門「近鉄ライナーズ」に所属し大坂暮らしが長いため、こてこての大阪弁を話します。冒頭の言葉も最後の「くださいよ」は一度上がってから下がる大阪弁のイントネーションでした。ただし、決して流ちょうな日本語ではありません。試合終了後のインタビューで、自分の気持ちをうまく日本語で表現できずに、もどかしげな表情を浮かべることもよくありました。

 日本語をよく知っていたら、「ラグビーは小さいこと」と言い切れなかったかもしれません。日本代表チームはたくさんの人のいろいろな思いを背負ってプレーしていたのですから。日本語としては、あるいは周囲に気を遣う日本特有の文化から見ると、ちょっと場にそぐわない言葉だったかもしれません。こんなストレートな言葉を言えたのは、外国出身特有のメンタリティーゆえか、慣れない日本語だったからか・・・。でも、被災者を思いやるトンプソン選手の気持ちは十分すぎるほど伝わりました。

 相手に自分の気持ちを伝えるのが言葉だとしたら、言葉の上手い下手って、何なのでしょうね。

 「日本語対応手話」を批判するろう者の方は、役所や病院の窓口など正確な情報が必要な場で、分かりにくい「手話」を使われるのは「苦痛にしかならない」という抗議の声を上げているのだと思います。情報保障の観点から「手話が分かりにくい」という指摘には真摯に耳を傾け、その理由を考えなければなりません。

 手話教室に通っているとき、先生に「日本語で考えるな、手話で考えろ」と言われる場面がよくありました。当てはまる適当な例がすぐに思い出せないので、今読んでいる丸山正樹さんの小説『慟哭は聴こえない』から引用させてもらいます。(脱線しますが、私は丸山さんの愛読者ですが、「日本語対応手話」と「日本手話」の違いを強調している点だけは気になっています)

 ろうの母親が流産の恐れで病院に運ばれた場面で、医者の「安心できない状況」という日本語をどう手話で表現するか、主人公が考えたうえで「慎重に」「必要がある」という手話を組み合わせたのです。「これで、日本語の『予断を許さない』に近い意味になる」と書かれています。手話に「安心できない状況」という言い回しがないので、「安心」「無理」「状況」という手話では、ろうの方に意味が通じない、ということなのだと思います。

 手話で「言語」を獲得しているろうの方にとって、日本語特有の言い回しは特に理解するのが難しいのだと思います。それは、日本手話が一つの言語だからです。それぞれの言語の背景には言語を使う人たちの文化があります。よく言われることですが、相互理解にはまずお互いの文化、文化の違いを知る必要があります。

 ろう者と聴者の文化の違いからくる「言葉のズレ」を分かりやすく解説した本に『ろう者のトリセツ 聴者のトリセツ』(関西手話カレッジ編・著、星湖舎)があります。具体的な言葉・場面を一つずつ取り上げ、イラストを使って手話と日本語、ろう者と聴者の「言葉のズレ」を教えてくれるお薦めの本です。本の「おわりに」にこんな一節があります。

「ズレ」はそのままでいいのです。目的は「ズレ」を知り、それを認めることです。そして「ズレ」を学ぶことで、手話は日本語とは違う独立した言語であることを実感していただきたいのです。

 最後にラグビーの話をもう一つ。日本代表躍進を支えた功労者の一人、長谷川慎・スクラムコーチが大会終了後のテレビ出演で話していたことです。

 スクラムの指導で使う言葉に「間合い」「塩梅」がある。英語に訳すと「ギャップ」「アジャスト」になるが、微妙に意味が違うし、伝えたい中身が異なる。だから、代表チームには外国人選手がたくさんいたが、これについては日本語で通した。それでこちらの伝えたい中身が全員に正確に伝わるよう、練習を重ねた、ということでした。

 その結果、強豪国のスクラムを打ち負かす日本のスクラムを築き上げたのですから、チーム全員がその中身を正確に理解できたのでしょう。

 言葉は意思疎通の手段なのだと割り切り、どうやったら正確な意思疎通を図れるか試行錯誤することも必要なのだと思います。そんな試行錯誤を重ねて、ろう者も聴者も「ONE TEAM」になれたら、素晴らしいですよね。